私たちの生活の基盤を知る――災害を未然に防ぐための知恵
私は今まで地学を専門として教師生活を送ってきましたが、「地学を学ぶことが何の役に立つのか」という質問をされることがよくあります。
たしかに、地学は地球だけでなく宇宙や天体などの分野も含んでいますし、その時間的・空間的スケールは私たちが通常考えているよりもはるかに大きくなるため、このような内容を学ぶことがどのようなことにつながるのかが直截的には分かりにくいところがあります。
ただ、身近な例で挙げるならば、やはり雨や台風という自然現象や地震などをきっかけとした災害が発生したときに、地学的な知識や視点が転ばぬ先の杖になってくれるのです。
今回は、この災害というものを取り上げ、地学の知識が私たちに対してどのような見方を示してくれるのかについて見ていくことにしましょう。
広島市の土砂災害の概要
近年、夏の時期になると集中豪雨が発生し、河川の急激な増水やそれにともなう土砂災害の発生が多くなってきました。
特に、マス・メディアでも一時期「ゲリラ豪雨」という名前でこのような水害が取り沙汰されていたことはみなさんの記憶にも残っていると思います。
その中でも、2014年8月20日に広島市で発生した集中豪雨をきっかけとする土砂災害は非常に大きな被害をもたらしました。
この災害では、8月19日夜から20日の明け方にかけて続いた集中豪雨によって大規模な土砂災害と土石流およびがけ崩れが発生し、多くの家屋がそれらに飲み込まれ、最終的に74人の命が失われました。
この災害の詳細については、こちらのウィキペディアの「平成26年8月豪雨による広島市の土砂災害」のページにまとめられていますので、そちらを参照してください。
さて、この災害を伝えるニュースを目にしたときに私がまず目を疑ったのが、倒壊した家屋の建っている場所でした。
この災害では広島市安佐南区八木地区という場所での被害がもっとも大きかったのですが、以下の写真のようなところになります(画像をクリックで別ウィンドウに拡大表示します)。
写真を見て頂ければ分かるとおり、被害に遭った住宅は山の谷筋に沿った場所にあり、そこに集中豪雨で発生した土石流が流れてきてしまったわけです。
これは災害後の写真ですが、おそらくこれを見た人であれば「なぜこんなところに家を建てているのか?」という疑問を誰もが感じることでしょう。
この写真では、山の斜面に切れ目のようなものがいくつも見えています。
ここは谷を形成していて、山に雨が降るとこの谷に沿って水が流れ込み、それが長い年月をかけて山を侵食してきた痕跡になっているわけです。
つまり、その谷底にあたる部分は常に水が流れ込んでくることを意味しており、そこに家を建てることはその被害を受けてしまうおそれを抱えてしまうことになります。
また、広島県のこの地域は領家花崗岩(りょうけかこうがん)が多く分布しており、それが風化して谷筋に沿って「真砂土」(まさつち)が厚く堆積しています。
この真砂土は土砂災害に非常に弱いという特徴があります。
すでに災害が起こった後ではありますが、このような山の状況や斜面の示す意味さらにはその地質的特徴というものをあらかじめ理解しておけば、そこに居を構えることの危険性というものに気づくことができたわけですし、そこに家を建てなければ土砂災害に巻き込まれることもなかったと考えられます。
では、なぜこのような場所に住宅が立ち並んでいるかというと、この地域ではもともと田畑や水田としての利用をされていたところが、当時の都市開発計画によって宅地に姿を変えていったという背景があるようです。
普段、私たちはあまり意識することはありませんが、私たちの生活はその土地や大地の上に成り立っています。
この土地や大地がどのような地質的特徴をそなえたものなのかによって、私たちの生活の基盤は文字どおり左右されることになります。
その土地をどのように活用するのかについては、その地域の都市計画というものと密接に関わっていますが、そこも含めて自分たちの生活する土地や大地といった部分に対して私たちはどれだけ意識しているでしょうか。
私たちは、地震や水害といった災害が発生してはじめてみずからの生活の基盤のあり方を意識することが多いといえます。
その生活の基盤を支える土地や大地というものに対する問題意識がまさに地学的なものの見方であり、それを事前に考えるための視点として地学は非常に重要な手がかりを与えてくれるわけです。
生活を守る知恵としての地学
地学的なものの見方というものは、普段私たちが見ているものとは違った風景を私たちに見せてくれるものとして非常に重要な役割を果たします。
たとえば、私が学校で授業を行う際には、各地方自治体が発行している「ハザードマップ」を生徒たちに示しながら、水害や地震などの災害が発生したときにどこに逃げるべきなのかをともに考えるようにしています。
このハザードマップを見ることで、土地の高さの違いや雨から生じた水流がどのような経路で流れ込んでくるのかということに気づくことができますし、その観点から生徒たちの住んでいる場所がどういうところにあって、どういうことに気をつけなければならないのかに対する意識づくりをすることができます。
このような課題を通じて土地や大地というものに対する地学的な捉え方や考え方を身につけることができれば、自分たちの生活の基盤といった部分に目を向けるきっかけになりますし、ひいてはそのことがみずからの生活する場所のあり方に疑問をもつことにもつながってくるわけです。
今回は広島市の水害を取り上げて地学的なものの見方についてお伝えしましたが、実は、このことは私がこのホームページを立ち上げようと考えたきっかけともなっています。
同じ自然現象や日常の風景であっても、長らく地学を専門としてきた私からするとそれらは他の人とは違ったものの見え方や捉え方をしていることが多かったように思います。
私たちの立っている場所というものは当たり前すぎて普段の私たちが意識することはなかなか難しいですが、私たちの生活を本当の意味で支えている土地や大地に対する考え方を生活を守るための知恵として有効に活用できるのであれば、私の学んできた地学というものの役立てる部分があるのではないかと感じ、そのような情報を発信しようと考えたわけです。
物事の捉え方が変われば見えている風景の見え方も変わりますし、そうなると自分がどのような行動を取ればよいのかについても変わってきます。
みなさんの生活している場所がどのようなところにあるのかについて、今一度考えてみるきっかけになれば幸いです。