海水と海洋の運動――気象現象とのかかわり

前項までで、地球の大気にはたらく力からどのような風が生み出されているのかについて考えてきました。

地球の熱の移動を担っているのは、大気(空気)と水蒸気、そして海水の運動の3つが存在しています。

今回は、海水の循環がどのような形で気象現象に関わっているのかを見ていくことにしましょう。

海水の循環の基本メカニズム

地球における海洋の循環を考えるうえで重要なことは、海水がどのような影響を受けて流れが生じているのかということです。

これには大きく分けて2つの要素が関わっており、ひとつは海水の温度によるもの、もうひとつは風の力によるものです。

まず、海水の温度については、温度が高い海水と低い海水があった場合、高い温度の海水は膨張して体積が増加して海面が高くなります。

それとは逆に、温度の低い海水は体積が減少して海面が低下することになり、このとき海面の傾斜に応じて「圧力傾度力」が生じて海水が流れることになります。

赤道付近の海水は太陽の熱によって暖められていますが、それによって赤道付近の海水の温度は中緯度地域の海水に比べてより高い温度になり、そこから海水の流れが生じることになります。

また、海水はそのすぐ上を吹き抜けている風の影響も受けています。

たとえば、偏西風や貿易風という風は常に一定方向に吹いている風であることから、海水もその力の影響で流されます。

上の図では、赤い矢印が海水温の高い「暖流」、水色の矢印が海水温の低い「寒流」を示しています。

ただ、実際の海流の流れには大陸の地形の形や、大気の項目でも確認した地球の自転による「転向力」も影響するため、より複雑な海流が生じることになります。

以上のような海水の循環によって赤道付近の熱エネルギーがより温度の低い高緯度に運ばれていくわけです。

なお、この海水の温度は空気中の水蒸気の元となるものですので、それはすなわち大気の移動にともなって空気中の雲ができるための状況を作り出しているといえます。

そのため、たとえば、日本の夏の時期に発生する台風のエネルギーも空気中に水蒸気を供給している海水の温度とその流れが関わっているといえるのです。

海流の温度と気象現象――エルニーニョ現象

海水の流れを大まかに確認したところで、次は海水の流れが気象に与える影響について、特に私たち日本の夏によく話題に出てくる「エルニーニョ現象」から考えてみましょう。

近年、日本では夏になると「今年の夏は暑くなるのか、それとも冷夏なのか」といった予測がテレビなどで流されることが多くなりました。

そのときに必ず取り上げられるキーワードが「エルニーニョ現象」で、みなさんもどこかで耳にしたことがあるのではないかと思います。

エルニーニョ現象とは、太平洋の赤道付近からペルー沖にかけて海面の水温が平年よりも高い温度になり、それが長く続く状態を指しています。

それで、日本からはるか遠方にある南米のペルー沖の現象が日本にどのように影響しているのかなのですが、このエルニーニョ現象が起こった年の日本の夏は冷夏になり、冬は暖かくなりやすいといわれています。

これがどういう理屈でそうなるかというと、通常、東から西へ吹く貿易風の影響でペルー沖からインドネシアに向かって暖かい海水が西側に移動しています。

このとき、インドネシア周辺では気温が上がって雨雲が発生しやすい状態になっています。


ペルー沖の平常時の状態
(出典:気象庁HP「エルニーニョ/ラニーニャ現象とは」)

ところが、この東から西へ吹く貿易風が弱くなり、暖かい海水がペルー沖の方に滞留することによって海水の温度が上昇してエルニーニョ現象が発生します。

ペルー沖の海水の温度が高くなると、そこで雨雲が発生して低気圧が発達しやすくなるため、逆にインドネシア周辺では雲の発生が抑えられることになります。

そうすると、インドネシアよりも北部にある日本周辺の海域にある気圧との間に差が生じることで日本では低気圧の発生と雨雲が発達しやすくなり、梅雨が長引いたり温度が低くなったりするという影響が出てくるわけです。


ペルー沖のエルニーニョ現象時の状態
(出典:気象庁HP「エルニーニョ/ラニーニャ現象とは」)

以上のように、たとえ地理的に離れた場所であったとしても、地球大気における風の力と海水の温度というものは密接に関わっており、私たちの経験する気象現象に大きな影響を与えているといえます。

海洋の循環と私たちの生活とのつながり

海水と海洋の循環というテーマは、実はここ最近では地学基礎の科目においてあまり取り扱われることのない分野になりつつあります。

というのも、海水や海洋の循環そのものの影響力について、地学の他の分野ほど私たちの身近に感じるような明確な形で関わることも少ないからでしょう。

しかし、今回取り上げたエルニーニョ現象をきっかけとする日本の気温の変化にあらわされているように、海洋の動きは大気の動きとも連動しており、そこから水蒸気の発生、ひいては雲の形成から生じる気温の変化というように、すべては一連の大気のメカニズムとつながっているわけです。

また、海洋のはたらきやその動きは海洋学というひとつの大きな専門領域を形成しており、日本近海の黒潮といった海流や漁業といった産業とも当然関連してくる部分です。

このように、海洋の分野は大気や気象現象だけにとどまらず、私たちの生活の基盤を支えるとても大切な領域のひとつだといえるのです。